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ユベール・ド・ジバンシィとタッグを組んで完璧なパリ・モードを体現する一方で、天才衣装デザイナー、イーディス・ヘッドとともに、普通の女の子でも手が届くカジュアルスタイルに小粋なアイディアを注入し、世界中の女性の共感を得た唯一無二のファッションリーダー。
170㎝のモデル体型と当時のグラマー女優とは一線を画すファニーフェイスに加え、オランダの男爵の血を引く令嬢、そのうえイギリスでバレエや上流階級の教育を受けたという気品とセンスが加わることで、映画界はもちろん、ファッション業界をも虜にするスタイルアイコンに。映画のファッションが世界中のトレンドに影響をもたらした’50年代~’70年代の作品を中心に、オードリーが魅せた忘れられない着こなしを、作品別にご紹介。
>>美しい人は言葉もきれい。オードリー・ヘップバーンの名言が心に響く理由
『ローマの休日』の2年前、ミュージカル「ジジ」でヒロインを演じ、ブロードウェイとハリウッドでブレイク寸前だったオードリーが、瑞々しいバレリーナを演じた作品。しなやかな肢体が映えるレオタードで得意のバレエを披露する姿は、のちのスターダムを予感させるに充分。
衣装デザイナー/イーディス・ヘッド
本作でハリウッドデビューを飾り、いきなりアカデミー主演女優賞に輝いたオードリー。監督のウィリアム・ワイラーは、スクリーンテストに現れたオードリーが「カット!」の声がかかった瞬間に見せた、こぼれるような笑顔に心を奪われたのだとか。
可憐で気品に満ちたプリンセスぶりに世界中の女性が熱狂し、劇中の“ヘップバーン・カット”を真似たショートカットが大流行。イーディス・ヘッドが手掛けたプライベートファッションは、親近感がありながらも清潔感と気品が漂うシャツスタイル。開襟シャツにフレアースカート、足もとはストラップ付きバレエシューズ、首もとにはストライプ柄のミニスカーフをあしらうという着こなしは、今なお普遍的なアイコニックスタイル。
衣装デザイナー/イーディス・ヘッド、ユベール・ド・ジバンシィ
『ローマの休日』でオスカーを手にしたオードリーが次に挑戦したのが、ラブコメの達人、ビリー・ワイルダー監督の『麗しのサブリナ』。富豪に仕える運転手の娘が、その家の兄弟2人(当時の二大人気俳優、ハンフリー・ボガードとウィリアム・ホールデン)から愛されるという設定で、オードリーはパリの洗練された雰囲気漂う小粋な女性を演じた。この作品が、当時パリで新進気鋭のデザイナーだったユベール・ド・ジバンシィとの生涯にわたるコラボレーションと友情の始まり。ジバンシィは、エレガントなイヴニングドレスとシルクタフタのカクテルドレスをこの作品のためにデザインし、オードリーは完璧なまでに着こなした。
一方、イーディス・ヘッドはこの作品で、フレンチ・シックなカジュアルウェアを手掛けた。ハンフリー・ボガードとヨットに乗るシーンでは、マドラスチェックのシャツにホワイトのホットパンツ、そこにセーターを無造作に肩掛けするという南仏風のリゾートスタイルを披露。ほかにも、かの有名なくるぶし丈の“サブリナパンツ”や、ぺたんこヒールの“ヘップサンダル”など、大流行アイテムを生み出した。
衣装デザイナー/マリア・デ・マティス
ロシアの文豪、トルストイの長編文学の映画化で、後の夫となるメル・ファーラーとの初共演を果たした作品。ロシアの伯爵家がナポレオンのロシア侵攻によって翻弄されていく本作でヒロインを務めたオードリーは、19世紀帝政ロシア時代のクラシカルな衣装をまとった。
衣装に徹底的にこだわるオードリーは、作品専属衣装デザイナーのマリアが仕立てた衣装のチェックを、ジバンシィに依頼したそう。ジバンシィはパリからハリウッドへ渡り、すべての衣装を入念にチェックし、手直しを加えていった。これに機に、オードリーのコスチュームとジバンシィへの依存度はさらに増していった。
帝政ロシア時代の華やかな時代と荒廃した戦後を、衣装でも表現した本作。戦後は質素ながらも気品漂う女性をドレスのシルエットで表現。19世紀らしいネックラインが特徴的。
衣装/ユベール・ド・ジバンシィ、イーディス・ヘッド
若きミュージカル監督、スタンリー・ドーネン、“生きるエレガンス”とも称される俳優フレッド・アステア、ファッションフォトグラファーのリチャード・アヴェドン、スーパーモデルのドヴィマ、そしてオードリーといった'50年代のファッションの粋が集結した傑作ミュージカル映画。この作品では、前半の衣装をイーディス・ヘッド、後半をユベール・ド・ジバンシィが衣装を手掛けた。
この印象的なブラックドレスは、ジバンシィがデザインしたもの。
当時ファッションフォトグラファーの第一人者だったリチャード・アヴェドン本人の体験が、この物語のベース。オードリー演じるNYグリニッジヴィレッジにある古本屋の店員が、アステア演じるフォトグラファーに見出され、モデルとして大成していくというストーリー。 アヴェドンはこの映画のヴィジュアル・コンサルタントを務め、キャンペーン写真も多く手掛けた。
3人で「ボンジュール・パリ」を歌うシーンでオードリーが着ていたのは、衣装デザイナー、イーディス・ヘッドが選んだ「エルメス」のコート。サブリナパンツに「トッズ」のローファーを合わせた小粋な着こなしは、まさにパリ・シック。
パリの撮影シーンで魅せたジバンシィのドレスは、この映画のハイライト。ジバンシィがデザインした深紅のドレスを身にまとい、階段を降りるシーンは、フォトジェニックそのもの。
衣装デザイナー/ユベール・ド・ジバンシィ
私立探偵の娘を演じ、コケティッシュな魅力を振りまいたオードリー。ヴァンドーム広場に佇むパリの名門ホテル、ホテル・リッツを舞台に、ジバンシィによる洗練された衣装が次々と登場する、まさにパリ・シックな作品。
父親ほど年の離れた中年プレイボーイと恋に落ちる、精一杯背伸びし強がってばかりのコケティッシュな女性を演じたオードリー。チェロを演奏するシーンで魅せたコンパクトなセットアップと、ふたつに結んだイノセントなヘアスタイルが印象的。フラットシューズや開襟シャツとのコーディネートが、オードリーの清潔感をさらに強調した。
オードリー演じたアリアーヌの髪型やファッションも大流行。なかでも、スカーフをフードのようにぴたっと頭に巻き、首もとをきっちり結んだ“アリアーヌ巻き”が人気を博した。
夫、メル・ファーラーが監督としての新境地を拓こうと挑んだ意欲作。オードリーは、南米のジャングルに住む森の妖精を演じた。ジャングルが舞台なので、衣装はほぼ木の皮でできたようなシンプルなドレスのみ。髪型もメイクもスーパーナチュラルで、オードリーの透明感が際立った一作。共演した小鹿の“イップ”とは、プライベートでも一緒に過ごすほど意気投合。撮影中は家族として一緒に過ごしたのは有名な話。
浮世離れした設定が多いオードリー映画の中で、唯一の社会派ドラマ。神に仕える尼僧になるべく努力を重ね、尼僧となってからは看護僧としてコンゴに赴任。その後祖国ベルギーに戻りシスターとしての任務を遂行するも、ドイツ軍の侵攻に耐え兼ねレジスタンスとして戦うことを決意。そんなオードリーの人生にも重なるストーリーをかつてない洞察力で演じ切り、ニューヨーク映画批評家協会賞主演女優賞を受賞、3度目のオスカーノミネートを果たした。
アフリカのコンゴで行われたロケは、過酷な暑さとの闘い。重々しい尼僧の衣装を身にまとったオードリーは汗だくで、「私たちは尼僧の姿をしてかしこまってるけど、服の下は素っ裸よ!」と言い放ち、周囲を笑いの渦に包んだというエピソードも。
オードリー初となるウエスタン映画。ネイティブアメリカンと白人の血を引く娘を演じたオードリーは、いままでのファッショナブルな衣装ではなく、砂ぼこりまみれの木綿のシャツ&スカートという遊牧民らしいプレーリースタイルで挑んだ。この作品で初の乗馬にチャレンジしたオードリーは、撮影中に落馬して6週間の入院。完治直後から残りのシーンを撮り終え、女優根性を見せつけた。
衣装/ユベール・ド・ジバンシィ、イーディス・ヘッド
トールーマン・カポーティのベストセラー小説が原作の、言わずと知れた、オードリーを代表する一作。自由奔放な高級コールガールが、本当の自由を手に入れるストーリーを演じたオードリーは、この作品でジバンシィが手掛けるアイコニックなドレスの数々を着用。なかでも、しなやかに体に沿うブラックドレスは、映画史に残るアイコニックな一着。
原作者のカポーティは当初、主人公のホリーについてマリリン・モンローを念頭に置いてキャラクター作りをしていたため、オードリーがホリーを演じることに不満を漏らしたという。“スリムな体をいつも黒のドレスで包み、タバコを愛し”という一節にもあるように、マリリンよりもオードリーのほうが役にぴったりだったのは明らか。映画の大ヒットにより、「ティファニー」の知名度もぐっと上がった。
ブラックドレス以外にも、ジバンシィは多くの洗練された衣装をデザインした。オードリーの長くて細い首が映える直線的なネックラインのツイードドレスは、アイコニックなブラックドレス同様、高めの位置でウエストマークしたシルエットが印象的。そこにミンクのハットとパールの一粒ピアスを合わせるという抜群のセンスが光る小物使いにも注目。
ラストのキスシーンでイーディス・ヘッドが手掛けたのが、こちらもオードリースタイルを象徴するトレンチライクなベージュコート。ブラックドレスとは対照的に、メンズライクなレインコートをぎゅっとベルトマークして着こなすことで、ホリーの内面の女性らしさを演出した。
衣装/ドロシー・ジーキンス
『ティファニーで朝食を』とほぼ同時期に撮影したこの作品は、対照的にコンサバティブなファッション。『ローマの休日』のウィリアム・ワイラー監督と再びタッグを組み、女性教師が生徒の心ない一言で自滅していくというシリアスな役柄を演じたオードリー。寄宿舎学校を経営するふたりの女教師(オードリー・ヘップバーンとシャーリー・マクレーン)は、わがままな女生徒の「この二人は同性愛者なの!」という一言によって保護者たちの信頼を失い、シャーリー・マクレーン演じるマーサは自らの命を絶つ。
厳粛な寄宿舎の女性教師という役柄のため、衣装はコートやシャツ、ジャンパースカートといったオーセンティックなトラッドスタイル。まだピーコートが男性のものだった時代に、ひざ丈のフレアスカートとフラットシューズを合わせて見事に着こなし、永遠のエレガンスを体現。
衣装/ユベール・ド・ジバンシィ
人気絶頂だったオードリーとケーリー・グラントが共演した傑作ロマンチック・サスペンス。メジェーブのスキー場に始まり、パリのノートルダム寺院、セーヌ川を走るバトームッシュ……目まぐるしくシーンが変化し、観光映画としての魅力も満載。
冒頭のスキー場で魅せた黒のボトルネックトップスとフード、大ぶりのサングラス姿は、映画史上に残るシックなスノールック。
セットアップやコートなど、本作でジバンシィが手掛けた衣装はパリ・シックを体現するものばかりで、今見ても新鮮そのもの。フロントに大きめのボタンを配したアイコニックなツイードセットアップには、ホワイトのハットと手袋をスタイリング。
曲線的なショルダーラインと絶妙にシェイプしたウエストラインを描くウールコートは、もはや芸術作品。スタイリッシュな衣装が、スリリングなストーリー展開に小気味よいアクセントを添えた。
衣装/ユベール・ド・ジバンシィ
『麗しのサブリナ』で共演し、ロマンスも囁かれたウィリアム・ホールデンと再共演を果たした本作。アイディアに枯渇した脚本家(ウィリアム・ホールデン)が、口述筆記のために雇った美人タイピストからインスピレーションを得て、執筆意欲と恋愛意欲の両方を刺激されるというロマンチックコメディ。共演者も豪華で、オードリーのファンを公言していたマレーネ・ディートリッヒや夫のメル・ファーラー、ナレーションはフレッド・アステアが務めた。
『シャレード』に引き続き、ジバンシィが衣装を担当。ノーカラージャケットのツーピースや、襟付きのノースリーブドレスなど次々とトレンドファッションを生み出し、オードリーのファッションアイコンとしての地位を確立した。
衣装/セシル・ビートン、ユベール・ド・ジバンシィ
ブロードウェイで大ヒットした作品の映画化。舞台で主演を務めたジュリー・アンドリューズではなく、オードリー・ヘップバーンが起用されことが賛否両論を巻き起こしたが、美しいドレスに身を包んだオードリーの美しさなくしてはこの作品は成立しなかったと言っても過言ではないほど。オードリーは入魂の演技を披露したものの、歌はほぼマーニー・ニクスンによって吹き替えられ(一曲のみオードリーの歌が採用)、オスカーにノミネートすらされなかった。
この作品で衣装とセットデザインを手がけたのが、20世紀を代表する写真家、セシル・ビートン。ハリウッド俳優をはじめ、エリザベス女王やミック・ジャガー、ココ・シャネルなど、数多くのポートレート写真で成功を収めつつ、舞台デザインや衣装デザイナーとしても活躍。
この作品の衣装のほとんどを手掛け、この年のアカデミー賞衣装デザイン賞を受賞したセシル・ビートン。ただし、見事レディに仕上がったオードリー演じるイライザが、パーティで着用した純白のドレス(写真)は、ユベール・ド・ジバンシィによるもの。
衣装/ユベール・ド・ジバンシィ
『マイ・フェア・レディ』から心機一転、メイクやヘアスタイルをがらりと変えて出演したコメディ映画『おしゃれ泥棒』。ジバンシィと再びタッグを組み、パリを舞台にスタイリッシュな着こなしを披露した。
ヘアカットを担当したのは、パリを代表するヘアサロン、アレキサドル・ドゥ・パリ。バングスは重めでトップにボリュームを出し、太めのもみあげをアクセントにするスタイルは当時大流行。濃い目に引いたアイラインも、オードリーの小顔をさらに強調。
ジバンシィがこの作品で見せつけたのは、60年代らしいカラフルで隙のないクチュール・シック。織りが施された最上級の生地で作られたツーピースに、細いエナメルベルトでウエストマーク。シューズもドレス同色で合わせて、手袋とタイツでホワイトを差すという、完璧なまでのクチュールルックを披露した。
ネイビーのウールコートにホワイトドレスを合わせたフレンチ・マリンな着こなしには、ホワイトのビッグサングラスをアクセントに。
チェック柄のコートドレスにも、エナメルベルトをON。コンパクトなハットとワンハンドルバッグのコーディネートが何とも上品。ヘアメイクとコスチュームの秀逸なコンビネーションを披露した。
『パリの恋人』でファッションセンスとダンスの才能を、『シャレード』で小気味よい台詞まわしを引き出し、この3作目にして女優、オードリーから最高の演技を引き出した、スタンリー・ドーネン監督。12年にわたる夫婦生活の悲喜こもごもを合計5回の車旅行で構成し、目まぐるしいカットバックで繋げた編集は、今なおエポックメイキング的な存在で、オードリー主演作としては最高作品という評価を得るほど。
衣装はジバンシィに依頼することなく、「ルイ・ヴィトン」「バーバリー」「マリー・クワント」といった名だたるメゾンから、自らの足で探した89点のプレタポルテを次々に着替えて登場。ニット+ジーンズ、シャツ+ショートパンツ、水着など、カジュアルなスタイルがほとんど。’60年代らしいカラフルな色使いと今でも参考になるリアルなスタイリングは、見ているだけでも楽しい。
カジュアルスタイルが中心の本作で、唯一ゴージャスなのが、当時パリコレデビュー間もない新進気鋭デザイナー、パコ・ラバンヌが手掛けたメタリックドレス。後の大御所デザイナーにいち早く目をつけるオードリーの先見の明はさすが。
『緑の館』を監督して以来、映画人として過去の人になりつつあった夫、メル・ファーラーが、オードリーのために脚本を手掛けたサスペンスミステリー。夫婦が共同制作した作品のなかで、最後に生まれた、最も成功した作品となった。
ある人形を手にしたことで事件に巻き込まれていく盲目の婦人を演じたオードリーは、カジュアルながらセンスあふれる着こなしを披露。なかでも多数登場したニットスタイルは、大人カジュアルのお手本。
衣装デザイン/イボンヌ・ブレイク
『暗くなるまで待って』直後、メル・ファーラーと離婚し、その後ローマの精神分析医アンドレア・ドッティと結婚し、半ば引退生活を送っていたオードリーが、9年ぶりにスクリーンに復活した今作。十字軍に参加して帰還したロビン・フッドと、かつての恋人マリアンの後半生を描くスペクタクルラブストリー。この作品で、ショーン・コネリーとの生涯にわたる友情を育む。衣装は『尼僧物語』以来のシスター衣装。43歳になったオードリーの円熟した美しさが際立つ。
衣装デザイン/エンリコ・サバッティーニ
シドニー・シェルダンによるベストセラー小説、「華麗なる血統」を、『暗くなるまで待って』でオードリーとタッグを組んだテレンス・ヤング監督が映画化。製薬会社社長の急死を発端に、相続人であるオードリーとその親類たちが繰り広げる愛憎サスペンス。オードリーはこの作品で、’70sライクなパンタロンスタイルを数多く披露。
NY、パリ、ミュンヘン、スイスなど、ロケ地も豪華。パリでのシーンでは、シックなコートスタイルを披露。オードリーの起用によって、原作よりもヒロインの年齢が上がったが、そのぶん大人のエレガンスが薫る着こなしが映画に気品を添えた。
ヒットメーカー、スティーブン・スピルバーグ監督で、オードリーの最後の出演作となった『オールウェイズ』。愛を告白できなかった恋人への後悔から現世を彷徨うこととなった、森林火災で命を落とした消火隊員のピート。そんな彼にアドバイスを施す天使のハップ役として出演。当初、ハップ役はショーン・コネリーだったが、急遽ピンチヒッターとしての友情出演。白のタートルネックセーター+パンツのスタイルは、オードリー本人からスピルバーグに提言したそう。
参考文献/「オードリー・ヘプバーン 世界を魅了した20作ヒロイン集」(近代映画社)